2024年度産学官学術交流フォーラム
報告
2024年3月25日(月)、日本農芸化学会2024年度大会において、産学官学術交流フォーラムを東京農業大学横井講堂にて開催しました。本年度は学会創立100周年記念大会ということで、例年より拡大し、午前・午後を通じて農芸化学分野における産学官連携を「過去」・「現在」・「未来」の視点で俯瞰する企画としました。
第1部では農芸化学が生んだ3つの功績について研究・開発ストーリーをご講演頂きました。第2部では、農芸化学研究企画賞受賞者による研究成果報告、さらに「イグノーベル賞受賞者からのメッセージ~君たちはどう挑むか~」と題して4名のイグノーベル賞受賞者より若手研究者に向けたご講演を頂きました。第3部では、「生命・食・環境」の3領域を代表する先生方のご講演と総合討論を行いました。全体を通して約170名と非常に多くの方々にご参加頂きました。フォーラムにご参加頂きました皆様に改めて御礼を申し上げます。
以下、本フォーラムについて簡単にご報告致します。
第1部 農芸化学産学官連携の「過去」を振り返る
農芸化学から世の中を大きく変える商品を生み出した3名の先生方より、研究を社会実装するまでの苦労話や、研究者としての信念にも触れつつ、開発ストーリーについてご講演を頂きました。
- 微生物由来の医薬品FK506(tacrolimus)の発見1984
後藤 俊男 氏 (理化学研究所)
移植医療や自己免疫疾患のゴールドスタンダード薬として長年使用されているFK506の発見経緯や後藤先生の50年にわたる創薬研究に関してご講演頂きました。抗体医薬品やAI創薬が主流になりつつある今、天然物からの生理活性物質探索とその機序研究が身近な医薬品に繋がり、今もなお社会に大きな価値を創造している点は非常に興味深く、日本の発酵創薬のレベルの高さを再認識するご講演でした。(報告、さんわか:矢野) - 新発想に基づく衣料用コンパクト洗剤「アタック」の開発 ~世界初のアルカリセルラーゼ配合洗剤~
和田 恭尚 氏 (花王株式会社ハウスホールド研究所)
ロングセラー商品である衣料用洗剤 「アタック」の開発経緯とそのコア技術であるアルカリセルラーゼについてご講演頂きました。「汚れではなく繊維側に作用する」という新しい洗浄原理に基づいた技術であり、常識に捉われない発想が革新的な商品に繋がっていました。また、キーとなるアルカリセルラーゼ探索は土壌からの菌株スクリーニングに始まり、育種、培養、回収プロセスの最適化を経て実用化されているとのお話もありました。最適化の詳細は語られませんでしたが、安価かつ量産化が必要であることを考慮するとその苦労は計り知れないかと思われます。醗酵研究に携わる者として非常に興味深いご講演でした。(報告、さんわか:矢野) - “夢の青いバラ”開発にこめられた想い
勝元 幸久 氏 (サントリーグルーバルイノベーションセンター株式会社)
不可能の代名詞と言われた「青いバラ」の開発経緯について、ご講演頂きました。本品種はいわゆる遺伝子組換え植物であり、青色色素の元になる合成遺伝子を導入し、花弁で発現させるという一見シンプルなものです。しかしながら、遺伝子導入効率や発現制御が極めて難しく、14年にわたる試行錯誤のすえ、完成に至ったとのことでした。まさに「やってみなはれ」の精神が生んだ功績と言えます。また、販売後にお客さんから寄せられたエピソードも感動的で、青いバラに対する開発者とお客さんの「想い」が伝わるご講演でした。(報告、さんわか:矢野)
第2部 農芸化学産学官連携の「現在」を知る
(1) 農芸化学研究企画賞報告会
第19回農芸化学研究企画賞受賞者2名より、最終報告が行われました。アルツハイマー病および昆虫媒介感染症という大きな社会問題に対して、ユニークな発想にもとづく研究戦略でアプローチし、大きく発展した素晴らしい報告でした。
- タンパク質ビーズ法による人工天然物エキスからの新規タウ分解分子のりの開発
荒井 緑 氏 (慶應義塾大学理工学部) - 昆虫エクジステロイド生合成酵素に対する阻害剤に注目した新規殺蚊剤開発に向けた研究
丹羽 隆介 氏 (筑波大学生存ダイナミクス研究センター)
(2) イグノーベル賞受賞者の講演
「イグノーベル賞受賞者からのメッセージ~君たちはどう挑むか~」と題して、4名のイグノーベル賞受賞者より、若手研究者に向けてのご講演を頂きました。
- 私のタマネギ研究の始まりとその後
今井 真介 氏 (ハウス食品グループ本社株式会社)
玉ねぎの催涙成分発生に関わる酵素発見の経緯や、企業での研究推進について裏話も含めたご講演をいただきました。面白いと思った現象を突き詰めていく好奇心と、仲間を巻き込んでいく行動力や、諦めずに研究をやりたいと主張し続ける情熱の重要性を改めて認識する講演でした。(報告、さんわか:加藤) - 人の銅鉄研究を笑うな
吉澤 和徳 氏 (北海道大学大学院農学研究院)
メスがペニスをもつ昆虫トリカヘチャタテの発見について、発見当時の研究背景と創意工夫も含めてご紹介いただきました。目が出る前の「タネまき」に貢献する地道な研究が研究領域の発展を支えていること、また発見の重要性を世の中に知ってもらうためには論文のタイトルも含めてアピールするための工夫が欠かせないことなど、大変示唆に富むご講演でした。(報告、さんわか:小泉) - 原生生物の生き様を探る-細胞のジオラマ行動力学-
中垣 俊之 氏 (北海道大学電子科学研究所)
変形体性粘菌の一種が餌どうしを効率的に結ぶ管ネットワークを形成する性質の発見を中心にご講演いただきました。また粘菌がつくるネットワークと人間が敷いた鉄道網が類似していることの発見や、その類似性が「流量強化則」という共通性で一部説明できることなど、大変興味深い研究成果をご紹介いただきました。一連のお話を通じて、研究を突き詰めることの面白さを存分に伝えていただくとともに、その社会実装についてのエピソードについてもお話いただきました。(報告、さんわか:小泉) - 味覚世界 物理の制約 超えられる
宮下 芳明 氏 (明治大学総合数理学部)
イグノーベル賞を受賞した「塩味を増強する食器」を皮切りに、味センサで記録した味をゲル状に再現して味見できる「味ディスプレイ」、飲食物の味と見た目を変えられる調味家電「TTTV」など、まさしくこれまでの味覚世界の常識を覆す多くの発明についてご紹介いただきました。また常識を疑うこと、研究を研究で終わらせずに社会実装することの大切さについても、ご自身のエピソードを踏まえて語っていただきました。(報告、さんわか:小泉)
第3部 農芸化学が拓く「未来」を語る
「生命・食・環境」の3領域を代表する先生方より、社会がこれからの農芸化学に期待する役割やあり方について、ご講演、ご討論頂きました。
- 20年後に農芸化学は存在するのか?
宮田 満 氏 (株式会社宮田総研、株式会社ヘルスケア・イノベーション)
日本の「農芸化学」を俯瞰的に見た時の課題や期待について、宮田先生独自の視点でご講演頂きました。日本はアミノ酸や抗生物質等を組換え体により大量生産する、いわゆる微生物醗酵の分野で世界をリードした一方で、現在主流となる抗体医薬等の創薬標的探索では大きな遅れを取ることとなり、その要因の一つにアカデミアの細分化された組織体制や家元制度的科学があるとのことでした。総合討論の場でも先生のご意見に賛否両論ありましたが、学問や組織の垣根を超え、異分野の技術やヒトが融合していくことはイノベーションに不可欠であると感じました。(報告、さんわか:矢野) - 生態系サービスの総合的,持続的な提供のため農芸化学分野の知見が求められています
神井 弘之 氏 (日本大学大学院 総合社会情報研究科)
自然資源から傍受できる利益という概念の生態系サービス(Ecosystem service)に関するご講演をいただきました。農作物の生産における場所や土地利用方法などが未来の人類にとってどのような影響を及ぼすかについての要素評価には、農芸化学分野の科学的知見や協力が重要であることを知ることができました。(報告、さんわか:小泉) - 日本産食品の価値を世界に届ける ~JFOODOのオールジャパンブランディング~
玉置 都華 氏 (日本食品海外プロモーションセンター JFOODO海外プロモーション事業課)
日本食のブランディング、プロモーションを通じて、日本の第1次産業の維持、拡大を狙うJFOODO様の取り組みについて、ご紹介頂きました。プロモーションをする上で、現地消費者のニーズを把握するとともに、科学的に裏付けされた物理的価値、それに伴う情緒的価値を大切にされているとのことでした。実際に、醗酵調味料や麹菌のプロモーションでは農芸化学の知見が活かされており、農芸化学が日本食の価値創造に貢献出来ていることは非常に誇らしく感じました。(報告、さんわか:矢野)
ご多忙の折、ご講演を引き受けて下さいました先生方、ならびにご参加頂きました皆様に改めて御礼申し上げます。今年度は学会創立100周年記念大会ということで、農芸化学分野における産学官連携の「過去」「現在」「未来」と題して、13名の先生方にご講演、ご討論頂きました。また、2019年度以来5年ぶりのオンサイト開催となり、Face to Faceでの質疑、ディスカッションができ、有意義なフォーラムになったと思います。本フォーラムが更なる産学官交流の促進に寄与し、農芸化学分野における研究・事業化の発展に帰することを願います。
今後も農芸化学会産学官若手交流会(通称:さんわか)は、更なる産学官交流の推進を目指し活動を続けて参ります。今後とも、さんわかの活動にご協力・ご参加頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。(さんわか世話人:矢野)
概要
2024年度産学官学術交流フォーラムを下記の要領で開催いたします。
第一部では、農芸化学が生んだ身近にある功績を振り返り、農芸化学産学官連携の「過去」を俯瞰する講演を行います。
第二部では、農芸化学産学官連携の「現在」と位置づけ、前半は「農芸化学研究企画賞」第19回受賞者の最終報告、後半はイグノーベル賞受賞者から現役若手に向けて語って頂く講演を行います。
第三部では、農芸化学が拓く「未来」を考える講演を行います。
奮ってご参加いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
日時 | 2024年3月25日(月)9:50~16:50 (大会2日目) |
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会場 | 東京農業大学 横井講堂 |
主催 | 日本農芸化学会「産学官学術交流委員会」 |
企画 | 日本農芸化学会「産学官学術交流委員会」「産学官若手交流会(さんわか)」 |
参加費 | 無料 |
プログラム | ■第一部:「過去」(9:50~11:30) 9:50~10:00 開会の挨拶 第一部進行 山内 祥生(日本農芸化学会100周年記念大会実行委員会) 10:00~10:30 10:30~11:00 11:00~11:30 |
■第二部 前半:農芸化学研究企画賞発表会 (11:30~12:00) 第19回企画賞受賞者による最終報告(事前録画によるご発表) 第二部進行 産学官若手交流会(さんわか) 11:30~11:45 11:45~12:00 (休憩) ■第二部 後半:「イグノーベル賞受賞者からのメッセージ~君たちはどう挑むか~」 (13:00~15:00) 13:00~13:30 13:30~14:00 14:00~14:30 14:30~15:00 (休憩) |
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■第三部 :「未来」(15:10~16:50) 第三部進行 田中 寛(日本農芸化学会100周年記念大会実行委員会) 15:10~15:35 15:35~16:00 16:00~16:25 16:25~16:50 総合討論 16:50 閉会の挨拶 |