ダイバーシティ推進委員会主催 2024年度シンポジウム
「令和の時代に博士の職業多様性を改めて考える」
開催報告

ダイバーシティ推進委員会主催 2024年度ダイバーシティ推進シンポジウムが 2024年11月8日(金)13:00 〜16:00 、zoomにてオンライン開催された。

ダイバーシティ推進委員会では、2023年度までのここ数年間、日本の男女共同参画政策の推進に向けたポジティブ・アクションの活用、ワーク・ライフ・バランスの拡充、ハラスメント対策の強化についての計画的な対策、また、若手研究者の安定した雇用対策などを志向した議論を行なってきた。その過程で、キャリアの多様化、多様な研究者が自由に発想できる研究環境の整備等の提言を踏まえ、特に女性研究者のキャリアに関する話題に注力したシンポジウムなどを開催してきた。昨年は、男女問わず変化する職務や立場のなかで、結婚や出産育児に加え、介護や自身の病気療養など様々なライフイベントとキャリアの両立を、あらゆる年代での課題として設定し、「キャリアとライフイベントの両立」を目的とした環境整備に着眼してシンポジウムを開催した。このようなトピックでの討論は、日本農芸化学会会員に限らず、各学会あるいは研究支援事業の会合でも行われているが、その中で博士課程の学生をもっと集めて研究を進めたいという意見が多数あった。過去、平成の時代にも、学生の博士課程への進学率を上げたいとの動きがあったが、その当時も、現在と変わらず盛んに議論が繰り返された。このような重要な議論が展開されてから20年が経過した。令和の時代になり、20年前と比べてどの程度の進展が見られるのか、もっと進展させるにはどのような取り組みが必要なのか、こうした疑問から、今回、非アカデミアで活躍する博士号の取得者を講師として招き、本件における現状の把握と今後求められる取り組みついて議論するシンポジウムを開催した。

講師には、非アカデミアであり、かつ異なるキャリア経験をもつ3名の講師(女性1名、男性2名)をお招きした。大学での研究員を経て私立中学校・高校教員としてのキャリアを昇っている講師、同じく大学での研究員を経た後で、大学URA (University Research Administrator)としての新たなキャリアを築いている講師、そして、博士課程在学時に取り組んでいる研究を基に起業し、その会社を発展させている講師である。シンポジウムの参加者は90名(事前登録113名)であった。男女比はほぼ同等で、大学や研究所などのアカデミア所属が約6割、企業が約3割、その他が約1割であった。また、年代は、20代が3割、30代、40代、50代、60代合わせて4割、70歳以上が1割程度であった。幅広い年代や所属からの参加があったことは、本シンポジウムのテーマが、これから進路を選択する学生のみならず、実際に博士号を持つ社員を雇用している企業や、博士号取得者を輩出する大学においても関心が高いことを反映している。また、博士号取得者という共通のバックグランドを持ちつつも、アカデミア職にとらわれない選択をし、活躍しているモデルを示す上で、魅力的な講師であったといえる。

シンポジウムは二部構成とした。第一部では、まず3名の講師による講演を行い、特に博士号を取得してから現在の職業に辿り着くまでの経験や思考についてお話しいただいた。

最初に、三田国際学園高等学校教頭の、辻敏之氏にご講演いただいた。辻氏は同校(中学校・高校)に「研究室を持ち込む」という取り組みを実践された。中等教育の枠の中で、「科学を、分からない事象にアプローチするための作法であり、文系理系に区別されない技術体系」ととらえ、科学が「身についている」ことの重要性を説いていた。その中で、教育現場において中高生を導く上で、博士号取得者は重要な役割を果たす人材であるとの紹介があった。研究を中高生の日常に持ち込むことで、生徒はテーマ設定・目的設定・課題を切り分ける思考が自然と身につき、ロジカルに話すようになるとのお話があった。さらに、目の前の現象を言語化し、客観的に物事を理解しようしたり、自身の研究に関して論理的にストーリーを仕立て、自身の研究が、世界の研究体系において、どこに位置するかを理解するようになったとの紹介もあった。こうした取り組みにより、結果的に研究者を目指す生徒が激増したという点は注目に値する。国の指導要領の改訂により、今後、探究型の活動推進がさらに強化される。そのため、今後の教育業界において、博士号取得者は引く手数多になるとの指摘は、参加者にとって重要な情報となったにちがいない。

次に、京都大学学術研究支援室URAの菅井佳宣氏にご講演いただいた。まず、近年役割の重要度が増しているURAという職業の内訳について具体的なご説明があり、その現場では博士号取得者が求められているとのご発言があった。URAは、様々な分析を通して、組織の研究力活性化に資する大型研究の推進に少なからず貢献する役割を担っている。昨今の研究環境の変化や多様化、国際化、学際化に呼応する形で事務職員の作業が肥大化した結果、科学的知識を持つプロフェッショナルが必要とされているとの説明があった。日本のURA制度においては、育成制度も整備されており、質も保証されていることから定着が進み、雇用も安定化して来た結果、人員が増加傾向にあるとのことであった。第六期科学技術イノベーション戦略についてもURAの重要性が記されているとのご指摘は、非常に重要である。また、URAのキャリアパスとして、評価に連動して無期雇用への転換が可能であり、最終的には大学の理事や副学長などの管理職に就くケースもあるとの紹介があった。URAには、徹底的な調査分析に基づいて課題を見つけて仮説を立て、これをベースに検証する課題設定能力が重要であり、博士号取得者は、この点を強みとして活かせるとのお話であった。

最後に、株式会社たづ代表取締役の、高橋祥子氏にご講演いただいた。高橋氏は博士課程2年在学時に当時取り組んでいた研究を基にベンチャー企業を立ち上げた。博士課程在学時に研究に没頭する傍ら、どうしたら研究成果を世に発信できるか、研究を加速できるかを熟考していたと、当時を振り返った経緯が説明された。その結果、ゲノム情報プラットフォームの構築という発想に辿り着き、遺伝子解析キットの開発から遺伝子情報の蓄積・解析・活用へと、研究をベースに事業の幅を広げている。アカデミアに比べると、起業の方がキャリアリスクが低い、との斬新なキャリア観も紹介された。また、博士号を取得してアカデミアに行くという古い概念は既に崩れており、博士のキャリアは多様化せざるを得ないとのお話は、アカデミアで働く研究者にとって重要な指摘であった。さらに、博士号取得者は、研究で培った課題設定能力と仮説検証能力を活かせる点で起業に向いており、特に前者の課題設定能力は大きな強みとなるとの説明もあった。さらに今の日本の社会が博士号取得者を有効活用するために、メディアや投資家などにも、博士号取得者が社会における理解者として必要との重要な提言がなされた。

第二部では講師3名に司会の2名を加え、博士号取得者の職業多様性についてパネルディスカッションを行った。一人の講師から別の講師への質問も出て、アカデミア職に就く者からは思いつかないような、有意義かつ興味深い視点から、令和の時代の博士号取得者の活躍の可能性について議論がなされた。特に、博士課程への進学を悩む若い学生に向けて「悩んでいるのなら進学した方が良い」、「進学しても損はない」、「興味を追求して科学的な考え方を身につけると将来の武器になる」といったメッセージが送られ、これらは若い学生の進学希望を強く後押しするものとなると考える。

本シンポジウムを通して、令和における博士号取得者の職業の多様性が改めて示されたと考えている。平成の時代にも同様の議論が盛んに行われていたが、その多様性は、当時からさらに広がっており、博士号取得者の活躍の場は今後も大きく広がりをみせることが予想される。アカデミア、非アカデミアにかかわらず、博士号取得者が社会の多方面で活躍するための環境の整備が、今後も継続的かつ迅速に行われることの必要性が改めて示されたと考えている。今回のシンポジウムが、参加者にとってそのことを考えるきっかけとなれば幸いである。

文責 ダイバーシティ推進委員
東京大学 小倉 由資
小川 哲弘