ダイバーシティ推進委員会主催 2023年度シンポジウム
「キャリアとライフイベントから考える働き方改革 ~10年後の自分を想像してみよう~」
開催報告

ダイバーシティ推進委員会主催2023年度シンポジウムが2023年11月30日(木)13:00 〜17:00 、zoomにてオンライン開催された。

日本の男女共同参画政策の推進に向けては、ポジティブ・アクションの活用、ワーク・ライフ・バランスの拡充、ハラスメント対策の強化についての計画的な対策、また、若手研究者をエンパワーメントするために安定した雇用とキャリアの多様化、多様な研究者が自由に発想できる研究環境の整備が提言されている。現在、多くの大学や研究機関、企業、官公庁など様々な機関において、属性を問わず活躍できる環境整備に向けて、ダイバーシティ推進への取り組みがなされている。しかしながら、男女問わず、変化する職務や立場のなかで、結婚や出産育児に加え、介護や自身の病気療養など様々なライフイベントとキャリアの両立はあらゆる年代での課題となっている。そこで本シンポジウムでは、多様なキャリアを経験している講師をお呼びし、自身の経験を共有していただいた上で、「キャリアとライフイベントの両立」という観点で討論することで、両立できる環境を作るために個人および組織として何ができるか考えることを目的に開催した。

講師には30代~50代の異なる年代の様々なキャリア、ライフイベント経験をもつ6名(女性4名、男性2名)をお呼びすることができた。大学での研究員を経て大学教員としてのキャリアを開始した講師、企業で育児とキャリアの両立に取り組んでいる講師、企業を経て自身の会社を起業した講師、海外を含めて様々な大学での研究・教育を経験してきた講師、企業・留学を経てスタートアップ企業への転職をした講師、海外を含めて大学やNGO、研究所での経験をしてきた講師である。  シンポジウムの参加者は86名(事前登録140名)であった。男女比はほぼ同等で、大学や研究所などのアカデミア所属が約6割、企業が約3割、官公庁含めたその他が約1割であった。また、年代は、20代、30代、40代、50代、60代と70歳以上がそれぞれおよそ2割であった。幅広い年代や所属から参加があったことは、本シンポジウムのテーマがこれから進路を選択する学生だけではなく、今まさにライフイベントとキャリアの両立に取り組んでいる世代、若手を育成する立場にある世代を含めてあらゆる世代で関心が高いことを反映していると考えられた。また、様々な年代かつ多様なキャリアをもつ講師は多くの参加者にとって、様々な選択肢やモデルを示すという点で、魅力的な講師であったと考えられる。

シンポジウムは二部構成とした。第一部では、まず背景として男女共同参画学協会連絡会第五回大規模アンケート(第5回科学技術系専門職の男女共同参画実態調査)の日本農芸化学会会員分の回答結果の一部を紹介し、特に出産育児とキャリア形成の両立に課題があると考えられる現状を紹介した。続いて、6名の講師に自身の経歴やライフイベントを紹介していただき、キャリア選択時の考えや課題とどのように向き合ってきたかを講演していただいた。

第一部の講師によるご講演の後、第二部として講師6名と「キャリアとライフイベントの両立」を軸にパネルディスカッションを行った。まずは第一部で紹介いただいた各講師の転機や危機の話を基に、キャリアとライフイベントの両立を妨げる課題について、組織の課題/個人の課題という切り口で討論を行った。アカデミアに所属する講師からは、そもそも女性のロールモデルが少なく組織として相談しにくい課題があることや、間接業務が多く、研究する時間を確保することが難しい等の課題があるといった意見が挙がった。それに対し、研究所に所属する講師からは、秘書的な業務については分業されており、研究に専念できる仕組みがあることなどの共有があった。また企業に所属する講師からは、子育てや仕事に対する先入観が根強くあることが、個人にとっても組織にとっても両立を妨げる大きな課題であるという意見があった。その後、組織側の意識を変えるために私たちができることは何かという議論に発展し、前例を恐れずに行動すること、同じ悩みを持つ人たちが繋がる場を持つこと、育休等の休職も最終的にはカバーされているので組織や後輩を信じて任せること、休職に備えてバックアップ体制を作っておくこと、業務を平準化(マニュアル化)すること等の意見が挙がった。続いて、これまで役立った制度やあったらよいと思う制度について討論を行った。企業経験者からはフレックス勤務制度や在宅勤務制度に対する好意的な意見が多かったが、アカデミア観点からみると、大学での講義や実験、研究室の運営などの特性上、これらの制度はあっても実際に使える人は限定される制度ではないかとの意見が出た。更に、アカデミアでもコロナにより、オンライン授業やオンデマンド授業等が取り入れられたが、教員はその準備のために大学に行って作業する必要があり、実質的な教員の負担としては減らず、むしろ一部の人にとっては増える状況にあるとの意見があった。そもそも現状の日本の大学の制度は長期的に休む人がいることを前提にしておらず、長期の休職を取りにくい状況が継続しているようである。一方、アカデミアという環境そのものがライフイベントの両立を妨げるものではなく、例えば海外などでは研究所に勤務しながらも育休を取りやすい環境が整っていることも紹介された。このことから、日本の大学間での情報共有だけでなく、海外含めた成功事例を学んで積極的に取り入れていくことの重要性を感じた。更にベンチャー企業では少人数である利点を活かし、制度化をせず一人一人に合わせて柔軟な働き方を認めている会社も多く、それこそが働きやすい環境を作るのではないかという意見もあった。続いて、10年後の理想の姿についてキャリア及びライフの観点から各講師に意見を聞いた。キャリアとライフイベントを両立しつつ、より充実した毎日を送りたいという意見や、今よりも働きやすい環境を作るために具体的な行動に移していきたいなどの前向きな意見が多かった。

最後に、参加者から質問を募り、講師の意見を聞く時間を設けた。参加者からは、「岐路の選択をする際に、これだけは譲れないと思っていたことはあるか」という質問が出た。これに対しては、新しいことに挑戦することや、何らかの課題解決に取り組んでいること、周りの人と楽しく過ごすこと等を軸に進路を選んできたとの意見があった。更に「大学でより良い研究環境を作るためにどんな制度があったらよいか」という質問に対しては、大学を問わず若手研究者が交流し、繋がる場があるとよいという意見や、産休は半年以上前に分かるため組織にとっての準備期間は十分あるので、まずは希望する誰もが産休・育休を取れる環境づくりが必要ではないかという意見が出た。

本シンポジウム後に実施した参加者アンケートでは、シンポジウムの満足度について、満足・大変満足を選択した人は第一部では95%、第二部では80%という結果だった。更に自由記述では、「性別・年齢・立場の異なる様々な講師の多様なキャリアプランやライフイベントを知ることができた」、「自分のキャリアを考えるきっかけになった」、「色々な観点での発言があり、新たな気づきになった」、「いろいろな形があることを多くの人と共有することは大事」、「これからキャリアを作られる20代から30代前半の方に聞かせたいと思った」など、数々の意見が寄せられた。このような意見から、本シンポジウムが、多様な立場の方々にとって自分の将来のライフイベントを含めたキャリアを考えるための有益な場となったのではと感じている。一方、今回のシンポジウム講師全員が安定した職に就いていることもあり、「ポスドクなどの立場の方がいた方が今現在の課題というところがより明確になったのではないか」という意見もあった。更に「アカデミアの現状に課題があることは分かったが、結局、組織を変えるためにはどうすれば良いのかが良くわからなかった。例えば、大学の経営陣にも登壇していただき、現場の声を届ける機会にすると良いのでは」等の意見もあった。次回の開催に向けて重要な意見として取り入れていきたいと考えている。

本シンポジウムを通して、キャリアとライフイベントの最適なバランスは人それぞれであり、置かれている環境、仕事の内容、子供の有無や年齢によっても変化するものであることを再認識した。今回参加された講師の方々も、その時々で悩みながら、自分にとって大切にしたいことは何か自問自答しながら取捨選択して今の環境を作っていることが伝わってきた。現状に変化が起きて何らかの選択を迫られるときに備え、色々な選択肢があることをまず知っておくということは重要である。今回のシンポジウムについても、参加者にとって将来の選択肢を増やすきっかけとなれば幸いである。

文責 ダイバーシティ推進委員
北海道大学 三輪 京子
協和発酵バイオ株式会社 永野  愛