トピック1
「任期付き教員のキャリア形成に関する個人の事例からの問題提起」
~大学業務と起業の両立~

講師 長堀 紀子(北海道大学ダイバーシティ・インクルージョン推進本部)
モデレーター 三輪 京子(北海道大学大学院地球環境科学研究院)

講師の長堀紀子先生は博士号取得後、研究活動と並行して起業を経験されている。本トピックでは、(1)「標準人」が保護される制度設計になっている課題、(2)柔軟な働き方の制度による大学の活性化について、主に議論を行った。

冒頭では長堀先生が3人のお子さんを育てていることと関連して、やりたいこととやらなくてはならないことのバランスや重責への対処など、参加者とともに働き方への意見交換がなされた。子育てについては、周囲にどう見られているかに影響される現状、有限なリソースのなかでパートナー、親、保育園、学校などとの協力の重要性が話された。

  •  (1)「標準人」が保護される制度設計になっている課題

現在においても依然として、かつての「標準人」(男性、日本人、健康、既婚、パートナーは専業主婦など)を保護・優遇する制度となっており、「標準人」から外れた人は保護されずに自己努力で補うことを求められるという、マジョリティの特権が存在する現状が長堀先生より問題提起された。これは社会制度、就業規則、慣習、職場や研究室の雰囲気という様々な階層において存在しており、「標準人」ではない人のニーズは個人の問題とされ、我慢を強いる現状となっていることが指摘された。議論のなかでは、男性による扶養や女性による子育て・介護を前提とした制度設計、宗教などが例としてあげられた。「普通の人と配慮が必要な人がいるのではなく(「女性だから配慮が必要」ではなく)、すでに十分に配慮されている人と配慮が行き届いていない人がいる」と認識を改める必要があるのではと問題提起がされた。

これに対し、“マイノリティ”が毎回声を上げる必要があるのか、ニーズをくみとって制度変更していく必要があるのかという点が提起された。現状では、マイノリティが声を上げなければ気づかれないため、マイノリティが声をあげやすい(声を上げることが個人のリスクとならない)環境を作る必要がある。そのような環境を作り、マイノリティのニーズを受け止め、制度を改善することは、その組織や社会で権限を持つ者の責任である、と意見が出された。

参加者からは、男女共同参画への試みが活発に議論されるようになり、女性の働く環境の改善が進んでいることを感じる一方で、マイノリティに対する対応がまだ追いついていないことを聞いたのが印象的だったとの感想が寄せられた。

  • (2) 柔軟な働き方の制度による大学の活性化

大学の人事において、女性等の応募が少なく、結果として女性教員が増加しない現状がある。分野の特殊性が理由と説明されることが多いが、応募が少ない時点で人材獲得競争に負けている可能性があるという問題提起がなされた。また、女子学生にはロールモデルを示せず、少ないキャリアの見通ししか提供できていないことも問題としてあげられた。また、分野に参画する人材を増やし、裾野を広げるのは大学、学会、企業などの責任にあるとの意見が出された。

女性を含めて様々な人材を獲得し、大学を活性化していくうえでは、柔軟な雇用制度が有用であることが提案された。現在の大学教員は終身雇用かつフルタイムのコミットが基本として求められており、研究以外の活動を次のキャリアにつなげることが難しい。大学発ベンチャーは資金調達するまでに時間がかかるが、その段階に深く関与することも難しい雇用制度になっている。これに対して、クロスアポイントメントのみではなく、大学でのより柔軟な雇用制度の提案がなされた。具体的には、終身雇用としない任期付きの特任教員とする代わりに、業務時間の一部を次のキャリア形成のための時間に使用、副業や兼業の許可、週3~4日勤務、といった柔軟な働き方をしやすい制度と組織文化の形成である。参加者からは賛同があり、学内ベンチャーなどの起業を後押しすることや起業家など様々な人材が大学教育へ関与することにより、大学の研究教育の活性化につながることが話された。

トピック2
「科学技術分野の女性研究者の活躍にむけて」
~科学技術系専門職の男女共同参画実態調査~

講師 原田 慶恵(大阪大学蛋白質研究所/大阪大学量子情報・量子生命研究センター)
モデレーター 恩田 真紀(大阪公立大学理学研究科)
  • <議論の概要>

本トピックは、今年8月に男女共同参画学協会連絡会が公表した「第五回科学技術系専門職の男女共同参画実態調査」(通称、大規模アンケート)の結果を元に、今、研究者の間でどのような研究・労働・生活環境が求められているか? そしてそれらを実現するための制度改革は? について、原田先生が同連絡会の委員長としての立場から解説し、討論するものである。冒頭、原田先生から多数のデータが提示され、議論が始まった。特に議論が深まったのは、①任期なし/任期付き雇用の待遇格差問題、②キャリア形成とライフイベント(結婚、出産、子育て)の時期が重なって生き辛くなる問題、③公募の問題(年齢や性別による制限)についてであった。①②については制度改革が必要、③については現制度に対する批判が非常に多く、きちんと説明する機会がもっと必要であるという結論に達した。

  • <参加者の意見>

・今回、統計に基づいた話が聴けると思い、興味を持って参加した。知らないこと、驚くことが多かった。このような労働環境に関わる問題は、就職活動にも役立つので(今の学生は、子育てやワークライフバランスの情報を知りたがっている)、学生にももっと知る機会を与えて欲しい。(修士2年生・男性, 討論中のコメント要約)

・女性限定の募集等がたまにあるが、男女の人数差が激しい場合は法律上も問題がない。さらには男性にも不利ではないような公募になっているそうだ。イメージとか直感で調べもせずに批判をするのは良くないと思った。反対に知らないことが多い。もっと知る機会が欲しいと感じた。(アカデミア・男性, アンケートより)

  • <モデレーターの所感>

テーマが一見、堅苦しく、生活に直結したイメージを与えられなかったためか、残念ながら参加者が少なく、多面的な討論が出来なかった。本シンポジウムの主題である「働きやすい環境づくり」を実現するためには、制度の変革が必要で、変革を実現するには、統計に基づいた提言が不可欠である。今後は、より多くの方々に興味を持って頂けるよう工夫していきたい。

トピック3
「研究室・部署の国際化に向けた環境整備」
~留学生や外国人同僚を迎え入れた "後" の To Do List~

講師 中村 真子(九州大学大学院附属国際農学教育・研究推進センター)
モデレーター 前川 裕美(九州大学大学院附属国際農学教育・研究推進センター)
  • <議論の概要>

近年、多くの大学・研究室で留学生の誘致が進んでおり、研究室に複数の留学生が在籍するのは珍しくなくなっている。受入れ研究室にとっては、留学生の受入は国際化のチャンスであるが、言語や文化の違いという問題がある。本トピックでは、中村先生の15年に渡る国際化に向けた取り組みの経験に基づいて、外国人の受入れ研究室でよくある悩みの解消に向けたアドバイスの形で問題提起があり、参加者を交えて意見交換を行った。主に、⑴留学生が周囲に馴染むために飲み会は必要か?⑵留学生の実験の進みが遅いが、どう注意すれば良いか、⑶帰国が近いのに研究が終わりそうにない、という問題について議論した。

  • <意見交換の内容>

・留学生が周囲に馴染むための策としては、飲み会よりも朝の会など参加しやすい方法がおすすめ。終わる時間がわかるので不安が少ない、準備が楽、食べ物を持ち寄ると内容物のチェックができるので宗教等で食品に制限がある場合も心配がない、などのメリットがある。
・留学生の実験の進みが遅い時には、研究室環境を見直してみる。研究室内の表示や薬品管理などを英語化・システム化すれば、教員や日本人学生に頼らずに留学生が自立して実験できるようになる。
・雑誌会やラボセミナーの言語が悩ましい。英語にすると日本人学生が話せない。→発表スライドに英語表記を含め、日本語での発表の後に留学生対象に英語での説明・議論を行う方法もある。
・ルールを守らず周囲の迷惑を考えられない留学生がいる。(文化の違い?)→ 留学生・教員のストレスを強くしないためには、問題学生が変わらない前提での解決策を考える。
・帰国後も日本での実験系やリソースを使えるか等を考慮して、帰国後の良いつながりに向けて話し合うことが大切。

  • <モデレーターの所感>

参加者は多くなかったが、研究室主催者の他に大学院生が参加してくれ、研究室仲間からの視点での議論ができたことは予想外の収穫であった。PIの方々からは具体的な悩みの相談があり、これまでの試行錯誤や成功例について意見交換できたことは良かったが、留学生によって日本語力・文化的背景や性格が異なるため決まった解決策がないという難しさを感じた。今回議論では外国人受入れに際しての問題を扱ったが、根底には研究室内の男女比、他大学出身の大学院生受入れ、ライフイベントとの両立といった研究室環境での様々なマイノリティ問題と共通の問題がある。ブレイクアウトルームでの議論の統括やパネルディスカッションなどの情報共有の機会を設けて欲しいと感じた。

トピック4
「働きやすく、生きやすい社会について考える」
~日本、アメリカ、イギリスを経て、私がフランスで研究者として落ち着くまで~

講師 杉尾 明子(INRAE; l'institut national de recherche pour l'agriculture, l'alimentation et l'environnement 国立農業環境研究所)
モデレーター 八波 利恵(東京工業大学生命理工学院)

まず、講師の杉尾先生が日本、アメリカ、イギリスを経てフランスでPI として職に就かれるまでのご経歴を紹介された。さらに、杉尾先生が感じられている「フランスの職場の良い点・悪い点」、「日本社会の良い点・悪い点」を話された。フランス社会は、日本社会に比べて自分にも他人にも寛容であるため、不便なことは多々あるけれども、仕事も生活もしやすいとのことであった。日本社会では周りに迷惑をかけることを極端に恐れるために、いろいろな制度があっても十分に利用されていないのではないかと問いかけられた。さらにこれまでのご経験から、日本社会の多様化には、多様な生き方を受け入れられる社会を作ることが重要、とお話しされた。そのためには、困った時は、“声をあげて誰かに相談して理解してもらう”、“既存の制度があれば堂々と利用してみる” などの行動を起こすことが周りの方の理解へと繋がり、日頃から“意味のない仕事を無くす” “一つの仕事をチームで行う”ことで、お互いを補いやすく、働きやすい職場の構築につながるのではないか、と話された。

さらに、社会問題・外国の文化に興味を持ち、理解することが、国籍、性別など様々な立場の人への理解へと結びつき、ひいては誰もが働きやすく・生きやすい社会構築の実現になる、と提言された。その後のディスカッションでは、これまでの日本社会の悪い点が参加者からも挙げられ、現在までにどのようにして改善してきたかが話し合われた。また杉尾先生からは、「フランスでは、個人的な理由から職場で迷惑をかけあうことは当たり前(仕方がないと言って済ませる)」、といった考え方が紹介された。シンポジウム後に行われたアンケートでは、本ブレイクアウトルーム参加者から「様々な価値観をもつ人間を許容することで、自身の考え方も変わり、結果として住みやすい社会へと変貌していく。この考えを共有することが大事」とのコメントがあり、杉尾先生の提言への理解と賛同が得られたことがわかった。

また感想に、「かなりの数の男性も出席していたことは印象深い。本シンポジウムで集まった意見を取りまとめ、農芸化学会として国へ向けて提言できると有意義だと思う。」とのコメントがあり、このシンポジウムが大変有意義なものであったと実感するとともに、このような会を継続して開催する重要性を感じた。

トピック5
「アカデミック分野におけるワークライフバランスと研究者としての生産性について」

講師 Jasmina DAMNJANOVIC(名古屋大学大学院生命農学研究科)
モデレーター 兒島 孝明(名城大学農学部)
  • <議論の全体的な概要>

Jasmina DAMNJANOVIC先生が講師を担当したブレイクアウトルーム5では、ワークライフバランスと研究者としての生産性というテーマを主軸に、所属機関、立場、性別など様々な観点に基づいて議論を行った。
まずJasmina DAMNJANOVIC先生よりご自身のキャリアと名古屋大学の男女共同参画に対する取り組みについて説明がなされた。さらにこれまでの経験をもとにした女性研究者としての働き方、業務の効率化、などに関する多くの問題提起がなされ、time-oriented workからresults-oriented workへの評価のシフトの重要性が示された。これら提言について参加者の意見・経験を交えつつ議論した。
議論を進めていく中で、名古屋大学では他の機関に比べて女性研究者同士の交流が比較的円滑に行われていること、メンターなどの女性研究者に対するサポート体制は所属する機関やその上司によって大きく異なる点が徐々に浮き彫りになった。
また、教育・研究・組織運営に関連する様々な業務を効率化することが女性教員の増加につながるという点が改めて共有された。

  • 1) 講師のご意見ご感想

Jasmina DAMNJANOVIC先生からは、男女共同参画に関するテーマでの経験や意見交換は貴重であることを実感できた、との本シンポジウムの全体的なご感想を頂いた。さらに、
「特に上司と女性同僚との関係では、私が認識していた以上に多くの問題があり、時には困難であることを実感しました。また、他大学では女性教員が少ないことも衝撃的でした(ある准教授の例では、自分の学科には女性(正)教授がいないと説明されました)。このようなことから、女性研究者と教員の交流や支援ネットワークがもっと必要であり、大学の垣根を越えた(類似分野や学会で異なる大学間の)女性研究者の定例会や公的な団体のような形が良いのではないかと思いました。」とのコメントを頂いた。
また、他の講師の方との交流の場があるとよかったこと、さらに今後も引き続き、そしてよりオープンな議論の場を提供してほしい、との本委員会へのご要望も寄せられた。

  • 2) 本ブレイクアウトルームの参加者のご意見ご感想

・ロールモデルやメンター候補の確保のため、大学間で連携を強化する
・業務する時間ではなく、業務の成果で評価していくことが、業務の効率化やワークライフの切り替えを図ることができ、ひいてはパートナーの積極的な家庭参加にもつながるのではないかと感じ、重要に思った。
・個人が抱えている働く上での課題がまずは女性研究者同士で共有され、おかしい点はおかしいと認識されること、そして職場環境の問題点に対してどのような解決が可能か、といった内容が気軽に議論される場がより多くの組織で設置されると良いと思った。
・比較的環境は整っていると思われる名古屋大学でも、本格的に整備されている民間企業と比べると現場での課題も多いのではないか、という印象を受けた。

  • 3) モデレーターの感想

意見を聴き、要約し、それを共有ファイルに書き込みながら時折英語を交えた議論の進行をおこなうのはなかなか大変な作業だった。
このため、話題になった内容を取りこぼしたり、曲解してしまった内容があったことは否めない。進行役と書記役を分ければもう少しスムーズに議論を進行できたかもしれない。
ただし、ブレイクアウトルーム内では終始活発な議論が交わされ、個人的にも大変有意義な経験を得ることができた。
講師と参加者の皆さまに改めて感謝したい。

トピック6
「ライフイベントをキャリアの糧にするマインドセット」
~産育休・駐在帯同で気づいたバイアスと働きやすさの再定義~

講師 岩永 綾乃(フラームジャパン株式会社 Business Development Premier Consultant)
モデレーター 小倉 由資(東京大学大学院農学生命科学研究科)

岩永先生のご講演は、そもそもキャリアとは「生涯を通したプロセス」のことであり、ライフとワークも本来は内包されるはずだし、切り離して考えるのは疑問であるという提案から始まりました。世間ではワークライフバランスという言葉が定着しつつありますが、既により進化した「ワークライフインテグレーション」という概念のご紹介がありました。即ち、老若男女を問わず、ライフイベントと仕事は、本来は双方から高めあって自身の人生をより充実させるものである、ということです。よく言われるところのライフも含んだキャリア(生涯のプロセス)についての悩みは、自分の本当の気持ちに気づき、自身の人生を充実させるチャンスであるとのことです。それに気が付き認識を改めて自分の悩みに向き合うと、ワークライフインテグレーションの実現への道が見えてくるのだと、ご指南をいただきました。すなわち、ライフイベントは環境の変化は妨げるものでななく、いずれ訪れるものと考え、それを期にチャンスの前髪を掴む意識を持ち、準備を事前に行っておく、「マインドセット」がとても大切とのことです。悩めるとき(チャンス)が来たら、自分自身が何をしたいのかを突き詰めることが重要であり、一度決めたら、実現に向けて動きましょうとの心強いご提案に参加者も大きくうなずいていました。

ただし、マインドセットだけでは実現は困難であり、様々な障害を解決しなければいけないのが世の中の現実です。その一例として、フリーライド(タダ乗り)の事例をご紹介いただきました。本例は、要するに育休中は休みなので暇であるとの誤った認識のもとで、パートナーが育休取得者に家事育児を背負わせてはいけないということで、特に育休を取得しないパートナーの方の認識不足や誤認に注意しなければいけないとのことでした。さらに、もう一つの事例として、長年当たり前のように扱われてきた文化的な側面の、無意識のバイアス、つまり思い込みについての疑問を率直に持ち、一歩ずつ着実な行動を起こして解消することの例についてもお話しいただきました。

以上のお話は、ワークライフインテグレーションを目指すための個人のマインドセット、意識改革についてでありますが、人材を扱う組織がそれに頼ること(モデレーターである私の言葉ですが、組織のフリーライド)があってはなりません。
企業・組織は今後次のような改革を行っていくことが求められるとのことでした。
(1) 大前提として、全ての仕事の目的を明確にして、仕事の場所、時間の制約を減ずること
(2) 前時代の文化形成過程で作られてきた、女性配偶者=専業主婦の発想でつくられた制度の見直し(注意して見ていくと思いの外たくさんあるようです。)
(3) ライフイベントのある社員は休ませるという短絡的な発想の見直し
(4) 滅私奉公度合いを評価するのではなく、業務の質や結果を評価すべき
(5) 組織が個人のキャリアを決めるのではなく、組織は個人のキャリアや成長を支援するとの認識を強く持つ。今後はそういった所に人が集まる。

特に(1)と(4)は働き方に与える影響が大きく、これが改善すればかなりの前進になるとのことでしたし、参加者もそのとおりだと納得していました。事前の質問にも出ていましたが、滅私奉公度合いを評価しすぎてしまうシステムで、アカデミアが自分自身の首を締めてきてしまっている現状も確認されました。若い学生が「先生の働き方には尊敬しかないが、自分が同じようにできるとは思わないので、アカデミアで職を得ようとする発想には最初から至らない」との率直な発言があり、参加者一同に刺さりました。

以上、個人のマインドセットと、人材を動かす組織のあり方について、大変有意義なお話と討論を聞くことができました。ただその一方で、本セッションで議論を重ねただけでは社会が変わることはほとんど無いだろうという、悲観的な面でも一致してしまいました。しかしこれが現実です。そのくらい働き方を変えるというのは難しいことだ、と皆が認識しています。これを解決する唯一の手段は、「トップダウン方式以外に無い!」というのが参加者一同の一致した声でした。このような有意義な議論の中身について、学会や大学、企業とあらゆる組織の中核を成す上層部の方たちに知ってもらう(議論に実際に参加してもらう)必要があります。そして、実際に仕事の与え方や評価の仕方などの制度を大きく改めてもらえるよう、現場の私達は少しずつでも行動を起こして行く必要がある、との共通認識に至り、討論を終えました。

(モデレーターの私としては、講師のどなたかがおっしゃったように、パネルディスカッションの時間が設けられればよかったと思います。そして、理事の先生方にも大勢ご参加いただきたかったです。そのくらい現場でのマグマが溜まっており、アカデミア界は若い人から敬遠されていると感じました。)

トピック7
「管理職として、夫として、三児の父として」
~研究員・海外赴任・管理職のキャリアステージで大切にしてきたこと~

講師 志水 豪(協和発酵バイオ株式会社山口事業所生産技術研究所)
モデレーター 永野 愛(協和発酵バイオ株式会社)
  • 〈概要〉

まず講師の志水さんから、ご自身が歩んできたワークライフイベントについてご説明頂き、その後参加者と一緒に議論を行った。仕事では研究員、海外駐在員、管理職の3つのステージがあり、それぞれのステージごとに働く環境も変化する中でお子さん誕生などのライフイベントもあり、その中で大切にしてきたこと、得られたスキル、今後の展望などをお話し頂いた。参加者は全員大学教員だったこともあり、部下が21名いる状況で、どのようにコミュニケーションをとっているのかという質問が寄せられた。志水さんからは、まず業務を文書化(見える化)して、誰もが分かりやすい形にするのが重要であること、また文書にする際には何を残すか、いつ残すかを定義するためにフォーマット化が重要になること、フォーマットも随時レビューしながら改善していくことで、より良いツールとなるとコメントがあった。文書化により例えば育休などのイベントに対しても効率的に引継ぐための重要なサポートツールになると考えられる。参加者からは文書化の重要性について共感するコメントが多く出た。
働きやすい環境を作るために、制度整備が必要なこともあるが、文書化のように今すぐ自分たちができることもあり、それらが合わさることで、より良い組織、社会に繋がっていくと感じた。

トピック8
「ライフイベントとキャリアの自分らしい両立」
~2児の子育てと管理職のリアルな経験をお話します~

講師 野尻 英里(協和発酵バイオ株式会社経営企画部兼キリンホールディングス株式会社ヘルスサイエンス事業部)
モデレーター 竹中 麻子(明治大学農学部)

まず初めに、講師の野尻英里さんからライフイベントとキャリアの両立について、ご自身の経験を説明していただいた。

大学時代:理研で研究者に囲まれて研究を行いながら、スキー部でも熱心に活動。研究成果を社会で生かしたいという思いから、就職はB to Bの営業職に就職。

就職時:まだ営業職の女性が多くなく、女性経営職(管理職)も少なかった。長時間労働や職場での付き合いなど、古い働き方に適応していた。

第一子出産後:短時間勤務となり、時間の制約がある働き方になった。ロールモデルがいない中、最大限のアウトプットを出すことを目指した。特に嫌な思いをしたことはなかったが、周囲への遠慮があり、自分で周囲への壁を作っていた感がある。

キリンウイメンズカレッジへの参加:社内の研修を受けることで、周囲との間の壁を取り払い、キャリアのことを前向きに考えられるようになった。第二子出産前に管理職一歩手前のポジションに昇格を目指すことに繋がった。社内でも、男性育児休暇取得率の増加など、働き方改革が進んできた実感があった。
第二子出産後:時短勤務であってもきちんと評価される環境であった。在宅勤務制度が施工されたが、コロナ禍前で積極的に利用する人はまだ少なかった。

現在:経営職昇格と共にフルタイムに変更。勤務時間制度の変更もあり、朝5時から夜10時まで柔軟に働けるようになった。働きやすい環境が急速に整ってきた感がある。環境が整うと、男女関係なく何かを諦めずに働くことができると感じている。

続いて、参加者の大学院生との質疑が行われた。

キャリアアップで辛いことはあったか:やめようと思ったことはない。生活のon/offの切り替えが大変だが、出産などのライフイベントで仕事を辞める女性は周囲にはほとんどいない。

男性はどのように育児と関われば良いのか:働き方は多様化しているので、関わり方も多様で良い。具体的に手伝うだけでなく、女性への共感や仕事・育児への理解が大切。

就職後の転勤も予想される就職後のキャリア形成において結婚などのライフイベントをどのように考えれば良いか:それぞれの場面で最善の選択をしていくしかない。難しいと決めつけてやる前から諦めるのはもったいない。

悩みながらも前向きにキャリア形成してきた経験を生き生きと語っていただいた。企業のはたらく環境整備は参加者の大学院生が想像しているよりも整っており、「やる前からあきらめなくても大丈夫」という心強いメッセージをいただいた。

トピック9
「『自他のワークライフバランス』のバランスを考える」
~子持ち研究者夫婦のバランス取りを一例として~

講師 田上 貴祥(北海道大学大学院農学研究院)
モデレーター 亀谷 将史(東京大学大学院農学生命科学研究科)

本グループでは田上先生を講師にお迎えし、ワークライフバランスをキーワードに、「子持ち研究者夫婦」というご自身のご経験をベースにご討論いただいた。

ワークライフバランス問題は、「やりたいこと」と家事や雑務などの「やりたくないけどやらなきゃいけないこと」をどう両立させるかに帰結するが、「やらなきゃいけないこと」を家族や上司、同僚にどこまで分担・肩代わりしてもらえるかが重要になる。すなわちワークライフバランスのコントロールは、自分一人だけの意識や頑張りで完結するものではけっしてなく、周囲の人のワークライフバランスとどう折り合いをつけていくか適切なバランスを見つける作業でもあることが田上先生から強調された。そうしたバランス取りの秘訣として、「思いやりを持って話をする」という基本姿勢や、「文句を言わずやれることをやる」「やれることをやって、やれないことをカバーする」「やりたいことやゴールを共有する」といった意識が挙げられ、対話や協働意識を深めることの重要性が議論された。

討論の中では、「アンコンシャスバイアス」というキーワードが幾度となく出てきた。家事育児の半分(時期によってはそれ以上)を担ってきた田上先生にとっては、「家事育児は奥さんでしょ」という周囲の意識を感じる場が多くあったそうだ。特に大学の場合は、研究室は「教授トップの個人商店」のような組織であり、ボスの意識如何によって男性研究者の家事育児分担のハードルが大きく変わってくる。では、男性の家事育児分担は当然と考えるボスを増やしていくにはどうしたらいいか、さらに組織全体で意識改革を進めていくにはどうしたらいいかが、個人レベルでは難しい今後の課題として再認識された。また、旧来の考え方のボスのような人とこそ討論したかったが、そうした人はこういう場に出てくることがなく、今後どうやってそういった人も巻き込んでいけるかも議論に上った。(この話題からの余談として、田上先生が「こうした価値観の合うボスかどうか」を働き先選びの指標の一つにしてきたことも紹介され、これから就活を迎える学生参加者からは「仕事選びの考え方の参考になる」という声が聞かれた。)

上記に加え、夫婦で研究者という田上先生の立場からも、多くの体験共有や議論が交わされた。また、妻の転勤に伴い夫が仕事を辞めサポートに回った事例が紹介された際には、「すごい!」と言う参加者の反応もアンコンシャスバイアスの一種である、という指摘がなされた。現状のように、妻の仕事より夫の仕事を優先するのだけが「普通」とされるのではなく、妻側の仕事を優先するケースも当たり前の社会になればよい、という田上先生の提言が印象的であった。

トピック10
「ライフイベントを経て高まり続ける研究への熱意と葛藤」
~博士課程での妊娠と出産。「好き」を大事に新米母はポスドクになる~

講師 前野 優香理(東京大学大学院農学生命科学研究科、JSPS特別研究員PD)
モデレーター 堤 浩子(月桂冠株式会社)
  • <議論の内容>

大学院生の時に妊娠・出産を経験した後、2年がたった今、どのように育児と研究活動を続けているときの重要な点や改善したほうが良い点などが意見として挙がった。前野先生からは、研究への意欲と熱意はありながらもそれに向けて十分な努力ができない葛藤や将来への不安は、ライフイベントを経たばかりで心の整理が追い付かない若手研究者の課題も紹介していただいた。

大学の設備として休憩室もあるが実際は、物品置き場として使われていたので使えなかったなど、大学の設備や運営にも配慮が必要な点があった。子供のお迎えで研究室を早く帰るのも気を使うが、研究室の雰囲気に左右されるため男性・女性を問わず普段からのコミュニケーションとお互いサポートしあえる環境づくりも大切である。

  • <参加者からのアンケート>

・彼女が出産わずか2ヶ月で研究室に復帰し、19:00までに帰宅するという客観的に見たら妊婦子育て中の女性が営むスケジュールではないと思うのですが、それでも十分に配慮していると考えさせられてしまうような労働環境を考え方から、見直す必要があると感じました。(学生・男性)
・PI、周囲とのコミュニケーションがやはり一番大事(学生・女性)

  • <モデレーターの所感>

大学職員や大学院の学生の方々からの質問も多く、活発な意見交換がなされた。質問者からは、ご自身の近い将来で、どのようにライフイベントを経て研究活動への復帰と両立するのか、何が重要かなども議論されました。大学の設備の必要性や周りの理解、男性女性を問わずコミュニケーションのしやすさ等、普段の学会では聞くことができない様な内容の議論であった。大学院生から研究室を運営する立場の方々にも、興味深いシンポジウムのセッションであった。