2023年度広島大会を顧みて
日本農芸化学会2023年度大会は、2023年3月14日(火)から17日(金)の4日間、一部ハイブリッドも含めたオンラインで開催された。仙台大会および京都大会のオンライン開催の原因となった新型コロナウイルスに対し、ワクチン接種の普及、SARS-CoV-2の弱毒化など大会開催にあたり明るい話題が出てきた。しかし、2022年に第6波以降複数の感染流行が予想されたこと、また講演会場として想定していた大学や会議場の収容人数に関する制限の解除時期が明確ではなかったことから、同時に多数の会場を使用しなければならない一般講演およびシンポジウムは仙台大会および京都大会と同じくオンラインで開催することを決定した。それに伴い、対面でのコミュニケーション(飲みニケーション)が重要であり、多数の参加者が一堂に会する懇親会も開催が困難と考え、残念ながら中止とすることにした。その一方、1会場で行える授賞式・受賞講演並びにジュニア農芸化学会のジュニア農芸化学セミナーはハイブリッドで行うことにした。少しでも対面での行事の挙行を復活させようとの判断である。
大会準備に並行し、福岡大会、仙台大会、京都大会を含むここ数年の状況をも勘案し、今後の大会のあり方を検討する大会ワーキングの議論が進んだ。その議論の中で、大会開催期間は企業等が参加しやすい平日が望ましいとの答申が得られ、2023年度大会はそれに則り、火曜日から金曜日までの平日開催とした。また、次世代を担う高校生に農芸化学を紹介する試みとして高校生対象のセミナーの開催が提言されたが、それに基づき、ジュニア農芸化学会のコアタイムと授賞式の間の時間を利用してジュニア農芸化学セミナーの開催を決めた。その一方、就職活動のタイミングと必ずしも合致していないことから、学会執行部が主導しての開催が望ましいとされた農芸化学企業説明会は2023年度大会では中止とすることにした。また、農芸化学「化学と生物」シンポジウムは広く全国の聴衆を対象とした企画とするため、学会執行部が主導して行うのが望ましいとの提言を受け、本大会の会期中には農芸化学「化学と生物」シンポジウムを開催しないこととした。
仙台大会および京都大会での経験から、一般講演、シンポジウムおよびジュニア農芸化学会のZoomホストは広島大学に設置することとした。新型コロナウイルス感染症の流行のあおりでオンラインによる講義が主になったことから、広島大学の講義室で十分にオペレーションできると考えていたのであるが、実際に通信速度を計測したところ、京都大学ほどの通信速度が稼げておらず、接続遮断のリスクなくオペレーションができるか、不安が残る結果であった。幸い、広島大学校内ネットワークの通信容量増強の工事があり、工事後にZoomホストのシミュレーションを精査に行ったところ、問題なくオペレーションできると判断され、当初の予定通り、広島大学にZoomホストを設置することに決定した。Zoomホストの設置およびオペレーションについてはイベント&コンベンションハウス(ECH)の前2大会の経験を活かした適格なサポートがあり、無事に大会の開催を迎えることができた。一つ印象に残ったのは、COVID-19流行でオンライン講義を受けざるを得なかったために、Zoomホストを担当した学生諸君もZoomの操作に「習熟」しており、Zoomのオペレーションをスムースに行うことができたことである。これは、大会に対するCOVID-19の「ポジティブ」な一面と言えなくもない。
Zoomホストオペレーションの一風景 |
一般講演の申込数は1194件、参加登録は2582件、招待者と一般参加者を含めた参加者数は3168件でいずれも京都大会より若干減少した。大分類で見ると環境バイオマス、有機天然物化学、酵素、動物の件数は変わらないものの、食品、微生物、植物で11~35%の減少があった。ジュニア農芸化学の発表申込みも京都大会の101件には及ばなかったものの、82件もの申込みがあった。一般講演とジュニア農芸化学会は発表を動画としてまとめ、事前に所定のサイトへのアップロードを求めた。
一般講演およびシンポジウムのZoomホストは広島大学先端科学総合研究棟の講義室に設置した。3月12日にZoomホストの設置を行い、3月13日にはオペレーションを担当する学生を全員招集し、Zoomオペレーションのガイダンスと予行演習を行った。また、広島大学学士会館にてジュニア農芸化学の接続試験を行った。また、一般講演およびジュニア農芸化学会のプレゼンテーション動画のオンデマンド配信を3月13日の午前9時から開始した。
3月14日から会期が始まり、一般講演質疑応答(Zoom Meeting)、シンポジウム、スポンサードセミナー(いずれもZoom Webinar)を3日間にわたり開催した。シンポジウムは合計で19件、スポンサードセミナーは5件であった。シンポジウムのうち一般会員公募採択課題シンポジウムは16件で、その中にはBBBにminireviewの特集を組むことになるBBB連携シンポジウムが2件(「清酒醸造の温故知新 -ワイルド醸造学-」、「プロシアニジン;介入試験結果とそのメカニズム仮説」)および日本学術会議農芸化学分科会との共催「農芸化学分野における『視る・創る』イノベーションへの挑戦」が含まれている。また分野融合連携シンポジウムとして日本細菌学会との共同企画「腸内細菌叢だけじゃない!全身に影響する口腔内細菌叢」(一般参加者53名)、酒どころ西条に相応しい実行委員会企画シンポジウムとして「10年後の酒類産業を支える”Jozo”研究と日本産酒類の挑戦」を開催した。そして新しい企画として本部シンポジウム「私の発酵学探求」を公開実施した。3月15日午後には産学官学術交流委員会主催・産学官若手交流会(さんわか)企画の産学官学術交流フォーラムがあり、夢にチャレンジ企画賞発表会/農芸化学研究企画賞発表会、シンポジウム「農芸化学分野における博士人材の未来ビジョン」、夢にチャレンジ企画賞審査結果発表の3部構成で開催された。
目的とする講演だけでなく、その前後の講演も何気なく視聴し、その中で面白い成果を見出す、そして議論が進む、という状況はよくあることである。そして、それが大会の活発さにつながり、発表者にとっても有益なコメントを得られる機会が増えることになる。対面での講演であれば、発表自体がその場で行われるので、質疑応答を展開するのは容易なことである。しかし、オンラインの一般講演は事前にプレゼンテーション動画を視聴するのが前提となっているため、目的外の発表の質疑応答には加わるのが困難である。この問題に対処するために、質疑応答の冒頭に1枚もののグラフィカルアブストラクトを用いた”One-minute presentation”を行うことを徹底した。これにより、多少なりとも質疑応答への参加の困難さが解消されたと考えるが、今後同じ方式でオンライン開催する場合には、「気が向いたとき」に容易に議論に参加できるようにさらなる工夫が必要であると感じた。京都大会では一般講演の質疑応答の進行役を1スロットあたり2名充てていたが、本大会ではその2倍の4名を充てた。これにより、スムースでより手厚い進行ができた。また、京都大会でさらなる議論や「立ち話」が可能となるチャットアプリ・SpatialChatを導入したが、本大会のジュニア農芸化学会でも引き続き SpatialChatを採用した。ただ、SpatialChatの利用についてのデータはとっておらず、SpatialChatの有効性についての検証はできていない。
仙台大会、京都大会と附設展示会への参加者の来訪を促す工夫が重ねられたものの、なかなか来訪者数を上げることができなかった。その状況を鑑み、オンライン展示会での企業と大会参加者のよりよいコミュニケーションを図るのは困難であると判断し、本大会では附設展示会は開催しないことにした。その一方、出展企業に好評であった一般講演やシンポジウムの待機画面への広告ビデオ動画での広告を募り、5社の広告ビデオを配信した。
ジュニア農芸化学会は会期前日の3月13日にオンデマンド配信し、3月14日には参加82チーム(73校)を3つのグループに振り分け質疑応答を行った。発表内容は食品、微生物、環境、天然物化学などまさに農芸化学に合致したものがほとんどであったこと、また、質問に対ししっかりとした回答を多く得たことから、質疑応答のコアタイムは非常に盛り上がった。全国からジュニア農芸化学会に参加していることから、本大会では、各支部に審査員の担当をお願いし、やはり全国から募った正会員59名により審査を行った。その結果、金賞1件(山村国際高等学校・天野誉「ビターチョコレートでスキンケア(日焼け防止)~日焼け予防のチョコレート発見~」)、銀賞4件、銅賞5件を選出するに至った。今回初めての試みとして、審査結果の集計に要する1.5時間を利用し、高校生を対象に農芸化学をアピールするジュニア農芸化学セミナーを挙行した。このセミナーはオンラインで配信するとともに、広島大学のセミナー会場へ近隣の高校生約30名の参加を得、ハイブリッド形式で行った(YouTubeによる一般公開も行った)。講演は「生物はなぜ死ぬのか」(東京大学・小林武彦先生)、「自然からの贈り物-抗感染症薬を例として―」(長崎大学・北潔先生)で、理系の高校生の心を大きく揺さぶる講演であり、会場の高校生から核心を突くような質問を引き出していた。セミナーに引き続き大会実行委員長による表彰式が行われた。そして和文誌「化学と生物」近藤春美編集委員からの温かい講評、松山旭会長から今後の活躍・発展を鼓舞する挨拶をいただき、会を終了した。セミナーの講師の先生方からは、ジュニア農芸化学会の規模(高校からの参加登録総数436名)および活発さに対する驚きの声を頂戴した。これだけの規模になったのは、オンラインでの実施が大きな理由であろう。確かに、対面での挙行が望ましいと思うが、この容易に参加できる仕組みもうまく取り入れることができたら、と感じた。
ジュニア農芸化学セミナー | ジュニア農芸化学会のオペレーション |
授賞関連の行事は受賞者をお招きし、広島コンベンションホールで開催した。一般講演およびシンポジウムの参加への便宜をはかるため、JR広島駅近くの会場を選ぶとともに、最終日の3月17日に開催することにした。学会各賞、女性研究者各賞、企画賞、BBB論文賞・最多被引用総説賞の授賞式・授与式が対面で行われ、その模様はZoomによりライブ配信するとともにYouTubeでの一般公開も行った。式に続き、学会賞3件、功績賞2件、技術賞2件の受賞講演が行われ、Zoomにより参加者に配信された。受賞講演の後、別府輝彦先生による本部シンポジウム「私の発酵学探求」が行われた。この講演では、別府先生の長きにわたる発酵学研究における多くの素晴らしい成果に圧倒され、微生物・発酵に対する別府先生の尽きない探求心に心揺さぶられる思いをした。シンポジウムはZoom Webinarで配信されるとともにYouTubeでも一般公開されており、YouTubeの視聴回数も含めると800名以上の参加があった。このシンポジウムは農芸化学の来し方行く末を考えるに極めて役立つ内容であるので、今後、例えば「special lectures」のような形で積極的に大会にとりいれても良いのではないかと感じた。
奨励賞の表彰式 | 別府輝彦先生による本部シンポジウム |
本大会を通じて強く感じたのは、大会のオンライン開催が続いたことで運営のプラットホーム化が進み、それに伴い、実行委員会が投入しなければならないマンパワーが大幅に削減されたな、ということである。特にプログラム編成、発表会場管理でそれを感じた。発表会場管理(すなわちZoomオペレーション)ではわずか十数台のPCにそれぞれ2人の学生が張り付くことですべての一般講演とシンポジウムを管理運営できたことは、2004年度広島大会の発表会場管理の大変さを知る者にとっては驚愕的なことである。さらに会計はすべて学会事務局管理となり、煩雑で細心の注意を要する会計の任からも解放された。これらは、大会運営の持続可能性を高めるものであると考える。今後、大会は対面開催を主体とするようになるので、オンライン開催を基盤としたこれらプラットホームをそのまますべて将来に流用するのは無理でしょうが、利用できるものは利用していくのがよいと思う。大会開催の前日3月13日にマスク着用の緩和が始まったが、講義室等の収容人数にかかる制限は以前のままであった。結果論としてオンライン開催の選択は間違ってはいなかったといえる。しかし、やはり対面でのやり取りができないことへの「物足りなさ」を強く感じた。そしてこの「物足りなさ」はここ数年蓄積していっているように思う。本大会の講演数や参加者数の減少のひとつの要因となっているのではないかと考える。今後、大会は対面開催を主体とすることになるので、こうした物足りなさが解消し、参加者数は復活することになろう。その一方、オンライン開催には、開催地に赴かなくともよい、またオンデマンド配信で都合の良い時間に講演を聞けるというメリットがある。このメリットが如実に享受できたのがジュニア農芸化学会である。対面開催が主体となるにしても、こうしたオンラインのメリットが受け入れ可能なところを見出し、積極的に取り入れることも重要と考える。
以上、大過なく2023年度広島大会を実行することができ、ほっとしている。まずは、大会の運営企画に貢献いただいた大会実行委員会の皆様に感謝申し上げたい。総務責任者の三本木至宏先生の統括のもと、中四国支部の会員で構成された大会実行委員会はそれぞれの職務を適格に遂行してくれた。またコロナ禍で経済が困難な中、広告ビデオ動画、スポンサードセミナーに出展いただいた企業の皆様に深く御礼申し上げる。講演のオンライン配信を含むWebサイトの管理、Zoomホストのオペレーションやハイブリッド配信の管理を含む講演の運営ではECHとダイナコムの皆様に大変お世話になった。彼らの支援なしには、大会実行はおぼつかなかった。心から感謝申し上げる。大会の企画運営にあたって、宮川恒前大会実行委員長を始めとする京都大会実行委員会の皆様ならびに大会担当理事である竹川薫理事、森直樹理事から数々の貴重なご助言・ご支援をいただいた。深く感謝申し上げたい。また学会事務局には広報、会計、授賞式運営等で大変お世話になった。心から御礼申し上げます。最後に2023年度広島大会に参加され大会を盛り上げていただいたすべての参加者の皆様に感謝の意を表し、本報告を終えたい。
2023年度大会実行委員長 加藤純一(広島大学大学院統合生命科学研究科)